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■尾張津島秋まつり
2007無事終了致しました
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◆秋まつりの山車◆
日本が長崎出島で、オランダと中国とのみ交易を行い、自由開放政策をすすめた藩主、徳川宗春が尾張を治めた時代。津島の山車は華麗なものになった。重心を中心に持たせた作りは「車切・しゃぎり」という、独特の操作を可能にした。車体の中心位置にある大きな車輪を軸に一ヶ所で回転させるもので、山車を曳く町内の団結を一層堅くし、まつりの雰囲気を盛り上げる。
●七切の山車(ななきり)
市神社(津島神社の境外末社)の祭礼(旧暦8月15日)に曳いた山車。正徳元年(1711年)笹に提灯をつけ傘鉾を出したのが始まりと言われる。後、享保3年(1718年)から山車に乗せて行われるようになり、享保11年には恒例行事となった。 |
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●今市場の山車(いまいちば)
大土社(本来「土」の字の右上には点がある)の祭礼(旧暦8月2日)に曳いた山車。起源は明確ではないが、古い文献にも祭礼図が記載されており、天明元年(1781年)以前に、既に存在していたことが明らかである。
その後100年を経て、神守の山車が誕生する。造りも装飾も時間の経過が技術の変化になり、一層豪華、堅牢になる。地元集落が育んできた郷土色が豊かな山車でもある。 |
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●向島の山車(むかいじま)
津島神社の境内摂社である居森社の祭礼(旧暦8月1日)に曳いた山車。起源は、古い文献に記されていないが、提灯箱や簾箱などにある墨書き銘文から、18世紀末期から19世紀初期に建造されたと伝わる。 |
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●神守の山車(かもり)
文化年間(1804〜1818年)に始まったと伝えられ、憶感神社および穂歳神社を中心に、古くは大豊作の年や、特別な奉祝行事の年に限り、旧暦8月16日に奉納されていた。 |
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※七切、向島、今市場の3地区は、大正15年(1926年)10月に津島神社が国幣小社に昇格したのを記念して、昭和2年10月1日の祭礼から、3地区の山車が一緒に津島神社に奉納されるようになった。
また、不定期だった、神守の山車まつりも、昭和30年、神守村と津島市との合併を機に、この貴重な文化遺産を後世に伝承し保存するため、定期化された。現在、神守は10月の第一日曜日に、前述の3地区は同日とその前日にも「尾張津島秋まつり」として行われている。尚、16台の山車は市指定無形民俗文化財となっている。
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