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■津島神社
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◆津島神社◆
信長・秀吉の時代より尾張の人々の深い信仰の対象となっている津島神社。そのたたずまいは、長い歴史の息吹きを今に伝えています。全国に三千の摂社・末社を有し、厄よけの神社として、また、全国の牛頭天王信仰の中心地として多くの人々が全国から足を運んだといいます。門前町として栄えた津島には多種多様な文化が入り、今でも多くの文化財や歴史を感じる町並みが存在しています。
津島神社は、古くは津島牛頭天王社と云われ、その名が現在も『津島の天王さま』として、尾張地方はもちろん中部地方をはじめ、遠く東北や関東の人々にも「津島さん」「天王さま」と呼ばれ崇敬されている。疾病災難避け、授福の神として厚い信仰を受ける”牛頭天王信仰”の総本社である。全国各地には津島神社の摂社・末社が有り、その数は三千社にのぼるという。
ご祭神は、建速須佐之男命で、相殿には須佐之男命のみ子である大穴牟遅命が祀られており、社伝によると欽明天皇元年(540年)のご鎮座と伝えられている。
460年もの長い歴史を誇る「津島神社」は、郷土が誇る三英傑、織田、豊臣、徳川から格別の崇敬を受ける。国指定文化財の「ご本殿」は徳川家康の四男で清洲城主・松平忠吉の妻女の寄進であり、「朱塗りの楼門」は豊臣秀吉の寄進と伝えられ、今から約四百年前の桃山式の豪壮で優雅な建築美を今に伝えている。さらに県指定文化財の「南門」は、豊臣秀頼が寄進したものである。
かつて江戸時代には、お伊勢参りの折に津島神社を参拝するのが慣わしであったが、今でも”牛頭天王さん”の絶大なご神徳を求め、たくさんの人々がやってくる。
一番有名なのが、七月の第四土曜日とその翌日の尾張津島天王まつりである。これは、大神様のご神徳を称えると共に夏の暑い時期を人々の上に色々な災いがふりかからぬよう祈る祭りである。 |